いい刺激。


お疲れ様です。
今日は小春日和でロトレコまで徒歩できました。

ここ最近のろくでなしさというかツキの無さ、運の無さというか、自分がとった行動の結果のツケを支払わされたような事がありましたが、それらが少し晴れたような気がしました。

運動(ウォーキング)したからなのかな?
それとも晴れているからなのかな?

謎ですが、心が少し軽くなった気がします。
臭いものにフタをする心理ってのは理解できるのだけれど、そのツケを何故俺が支払わなければならなかったのかが謎だったわけです。結局、運が悪かったという以外に説明ができないような話なわけですが、それもまた自分の選択の結果だったと思うことにしましたが、それでも納得がいかず、イライラというかガッカリというかとにかく残念な日々を送っていたわけです。

そんな数日でしたが、最近、面白いブログを読みました。
個人的に関心のある内容だっただけなのですが、暗い話でも明るく書いてあったのが印象的で面白くなって毎日読んでます。

それを読んで自分の過去と現状を考えていると自分の事も少し理解できたのかなと思いました。
客観視する癖というものは子供の頃に痛い目に沢山会って来たので、かなりついているのですが、それをより具体的に、もっといえば、自分の気が付かなかったような、あるいは、無視できるような下らないレベル(取るに足らないレベル)の事もまた考えようによっては重要な資産価値があるという事に気が付けました。

前述したクソみたいな話というのは、ここ最近味わっていなかった屈辱感でこんな俺にもプライドがあったのだなと痛感できるような出来事でした。
こういうことって年を重ねるとなかなか起きませんよね。

年々喜怒哀楽が減って生きているのか死んでいるのかわからないような何も無い日々が淡々と消化されていくわけですが、久しぶりにパンチある刺激を受けた結果、そういうブログに出会えたのかな~と。

「人生はプロセスである。そしてそれはすべて正しい」

どこかの本で読んだ言葉ですが、運命というショボイ単語で全てを説明づけることはしたくありませんが、偶然の力という本にも書いてあるように、結果は最初からある程度見えているわけです。それに気が付けない自分が存在するのかもしれませんね。

福というのは努力の結果を示すそうですが、それは見えにくいものなので、気が付けないことが多いそうです。
逆に、禍はわかりやすいわけです。
*歴史書を含め過去の悲劇をヒューチャーされることが多いのもそのせいだとか。

俺も今回の経験で幸(もともと存在する優位点)や今まで貯めてきた福というものを理解でき、同時に、感謝することができました。
これはきっときっかけなのだと思います。
今から数日、もしくは数ヶ月は自分の事についてもっと考えて、目標を持っていきていこうかなと思います。

その第一歩なのですが、このブログを1年やって来て、Itunesの売り上げは434円でした。
アドセンスの売り上げは1513円でした。

ブログをもっと書いて自分の事を見つめなおして精進し、努力できるようにやっていきたいと思います。
もちろん、更新も頑張りますので、よろしくどうぞ。

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This post is not in English now.
Because It’s too long to translate all this sentence.
Maybe,I would write this post someday…

please wait for that day!

Keep Diggin’ 365 Days
Regards,
djlotman


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